江崎グリコ

大阪の観光名所にもなっているミナミの戎橋から見える巨大ネオン広告があります。この広告元である江崎グリコは大阪発祥の企業で、本社は大阪の西淀川区に存在しています。
江崎グリコの歴史は古く、大正時代の1919年にまで遡ります。江崎グリコの創業者である江崎利一は、牡蠣の煮汁に含まれるグリコーゲンの確認開発を行っていました。
そのグリコーゲンを採取し、それをキャラメルの中に入れた栄養菓子の「グリコ」を製作し、1921年に試験販売を行い、翌年の2月11日には大阪の三越百貨店で販売を行いました。
この2月11日を江崎グリコの創立記念日とし、その後に「グリコひとつぶ300メートル」のキャッチコピーを付けられ大ヒット商品となりました。
1933年には赤い箱に子どもの絵が描かれているパッケージでおなじみの酵母菓子である「ビスコ」が販売されました。現在でも看板商品であるこれらの商品ははるか昔から存在していました。
昭和に時代は変わり、1935年には戎橋に巨大ネオン広告を設置しましたが、第二次世界大戦の鉄材供出のため撤去されてしまいます。
戦争が終わり、1955年には2代目となる巨大ネオン広告を設置、そして現在も販売されているアーモンドグリコが発売されました。
その後も人気のお菓子である、プリッツやグリココーン(今はジャイアントコーン)、ポッキーが次々と販売され続けました。
1970年代に入ると、アジアでの本格的な展開に向けて、タイにグリコを設立もしました。1985年には、駅などで見かけるアイスの自動販売機セブンティーンアイスが展開されました。
この間にもお菓子以外にもカレールウやハンバーグなどの食品の販売も行っており、現在でも幅広い食品を開発・販売を行ってきています。
2014年には戎橋のネオン広告も6代目となって生まれ変わり、日々戎橋を行き来する人達を見守ってくれています。